会員コラム: 命を守るワクチン いわさき小児科 岩崎 直哉
ちょっと長くて堅い話なのですがぜひ読んでもらいたいと思います。
定期接種でありながら接種率が1%未満のワクチンがあります。
それはHPVワクチン(子宮頸がんワクチン)です。
HPVワクチンは2013年定期接種となりましたが、わずか2か月余で積極的勧奨の中止という状況になり、まもなく5年経とうとしています。
HPVワクチンはヒトパピローマウイルスの感染を防ぎます。
ヒトパピローマウイルスには100種以上の仲間がいますが、そのうち一部の悪性度が高いウイルスに持続的に感染すると将来「がん」が発生します。
発生する「がん」のなかで、数が多いのは「子宮頸がん」です。
「子宮頸がん」は最近20代、30代の若い女性での発生が増えています。
お子さんがまだ小さなお母さんも亡くなることがあり、欧米では「マザーキラー(母親殺し)」とも呼ばれています。
おおまかな数字としては、日本では毎年新たに約1万人の女性が「子宮頸がん」と診断され、約3千人が「子宮頸がん」で亡くなります。
HPVワクチンは万能ではないですが、それでも6〜7割の「子宮頸がん」の発生を抑制すると予測されています。
毎年約2千人の女性の命を救うことができるワクチンです。
「ワクチンはいらない、検診があればいい」と考える人もいます。
検診の受診率は2割程度、若年層ではさらに低くなります。
十分ではありません。
検診で早期に「子宮頸がん」が発見されたケースでも、まったく問題なく健康な生活を送っている人ばかりではありません。
治療によっては妊孕性(妊娠しやすさ)に問題を残す例もあります。
妊娠の継続をあきらめる人、子宮を摘出する人もいます。
命を失わずに済んだとしても大きな影響が残ることがある、これが「子宮頸がん」です。
日本では「けいれん」や「麻痺」など非常に多彩な症状が、ワクチンの「副作用」として報道されたために一般の人がHPVワクチンに抱く印象はとても悪いものです。
「怖い」と考えて接種を控えている人が大多数だと思います。
これは、普段から提供されるHPVワクチンについての情報が少なく、また偏っているためだと思います。しょうがないことです。
でも敢えてここでHPVワクチンについてもう一度考えてほしいと思います。
日本よりもやや先行してHPVワクチンを導入した諸外国では、ワクチンの効果を確認する研究結果が出始めています。
HPVワクチンの効果を踏まえて、「子宮頸がん検診」の間隔をあける国もあります。非の打ち所のない合理的な政策です。
HPVワクチン自体もさらに改良されたもの(9価ワクチン)が認可されて使われています。
さらには、ワクチン接種の対象を男子にまで拡大した国もあります。
当然ながらそれらの国々では、HPVワクチンの安全性について繰り返し検討されていて、その都度、安全性が再確認されています。
日本が足踏みをしてワクチン導入以前の社会に戻ってしまったこの5年間で、世界は見えないほど前に進んでしまいました。残念ですよね。
私がまだ大学病院で働いていた時、外科とのカンファレンスで外科の先生に「おまえたち(小児科医)は、子供の人生のプロデューサーだろ」と言われたことがあります。
「その場しのぎでなく生涯を見据えて治療方針を考えろ」という意味でした。
私は日々診療で出会う子供たちが、いまの私より年上になった時でも健やかな人生を送っていてほしいと思います。
そのための手段(ワクチン)があるのなら使ってほしい。
だから、私は科学的な根拠に基づいてHPVワクチンの接種を勧めます。
日本でも接種対象が男子にまで拡大されることを願っています。
中学生のお子さんをお持ちのお母さん、お父さんは、HPVワクチンについて考えてみてください。
もし皆さんがワクチンについて悩んでいるとしたら、小児科医はよろこんで相談にのります。